Takakazu Seki is strange (^^) Subscribe here ↓↓↓ https://www.youtube.com/channel/UC3PWWshMfLtdgDOvM5hKT6A?sub_confirmation=1[Illustration]〇Irasutoya 〇Nikoni Commons 〇Pixabay 〇Wikimedia 〇Adobe Stock[SE]〇 Sound effect lab[BGM]〇 Heartwarming waltz (recorder) 〇 Sunday afternoon
49 Comments
和算神社の難問奇問集をお願いします
関孝和について書かれた円周率の謎解きはを追うを読んで読書感想文を書いたの思い出した
グンマーが生んだ天才!関孝和!!
強い信仰の無い地域で科学、数学が発展するってすごい不思議
西欧は数学者多くて交流の中で発展していったのに、関孝和はほぼ一人でって。日本のラマヌジャンや。いや、ラマヌジャンがインドの関孝和か。
関孝和の取上げ嬉しい。天地明察でもちょっと出てきて、関孝和にも興味を持った。あんなに情報も入らない鎖国時代に1人でここまで成し遂げるのはすごいと思う。周りに彼と同等に考える数学者がいればもっと発展したかも。
関孝和(せき "こうわ")じゃないっけ?w
和算家だったことは知っていましたが具体的な業績を知って驚きました。もっと知られても良いと思います。日本人として誇るべきことです。
関孝和は小学校の教科書の巻末にいたなぁ。そんときは「すげー人なんだ。へー」ぐらいしか思ってなかったけど、結構すごい人だったんだな。
あまり関係ないけど、旧国名の上野は「うえの」じゃなくて「こうずけ」だったような……
いやまあ読み難しいしゆっくりだから仕方ないか
「紙とペン」に関しては「和紙と筆と墨」だから値が張ったのでは?
確かπをより収束の速い級数展開でも求めてたはず。
関孝和なら2003年東大の円周率問題も余裕やな。
さらに庶民も算額で競い合っていた模様
和算の大家 関孝和
上毛カルタで群馬での知名度はほぼ100%だろう。
せきこうわ って頭によぎった人は、上毛かるたやってた人だよねぇって、判断できるwww
和算の大家 関孝和 (わさんのたいかせきこうわ) ってついつい頭によぎる。。。。
にしても、当時で西洋と肩を並べるほどのレベルだったのは知らなかった。。。
この説明でベルヌーイ数をなんとなくわかるド文系はいない
他の方の指摘にもありますが、旧国名の上野(国)は「こうずけ」(こうずけのくに)ですね……
地獄の空気が好きだわ
関孝和氏も、微積分の概念まであと一歩だったと聞きます。無限の概念が思いつかなかったらしいですからね。こういうのって同時代に考える人って出ますね。(ニュートン・ライプニッツも凄いですが)
そういえば小惑星探査機「はやぶさ2」号でも円周率は小数点第12位まで使って計算していたらしいですね。そうしないと正確な軌道計算ができないんでしょうね。
数学の歴史は凄い!
それの研究者は、江戸時代の日本にも存在していたんだね😮
3.16が使われていた理由は間違って使っていたわけではなくて10の平方根に近くて計算がしやすかったからって聞いたことある
関孝和は群馬県民の誇りです
県内では尊敬を親しみを込めて「たかかず」ではなく「こうわ」と呼んでいます。
円周率が3.16って… 1mの半径のロープ使ってやればおかしいってわかると思うんだけどなぁ4cm誤差出るよ?
当時の庶民の暮らしがどうなのか知らんけど、おそらく平和で豊かだったんだね。
戦争へ技術流用する為に発展したのではなく、生活向上の為に、もっと言うなら余暇を楽しむ為に発展してる。
関数という言葉になっているじゃないかwww
昔NHK特集で和算のドキュメンタリを見た記憶があります。
鬼無里村の神社に和算家が問題を奉納するというものがあって表に問題、裏に答えが書いてあるけど解き方が書いてなくて合っているのか
わからないのでコンピュータを使って解くというものだったと思います。
すぐ解けたものもありましたがどうしても解けないというものもあって挙句の果てにはスーパーコンピュータを使って解くという
ところまで行きました。でも和算を知っている人はいとも簡単に解くのでびっくりしたのを今でも覚えています。
西洋数学の限界もあるのかということと和算がある分野では有用だというのも解説していました。
関孝和は紹介されていて、まさにパンツをはいたサルですね。。。
0:59 「うえの」は、ないだろw
「こうずけ」は流石に読めてよ
「上野国」は「こうづけのくに」あるいは「かみつけのくに」と読みます。
ちょっと何いってるかわからなかった😄
吉田光由って角倉了以の一族なんだよな
ある変数に依存して決まる値あるいはその対応を表す式 "function" を、古来より日本では「函数」と呼んでいた。しかし、戦後に関孝和の功績が見直され、その表記を「関数」と改めたのだった。(民明書房「円周率は10桁で割り切れる」より抜粋)
関孝和の功績は素晴らしいけど、本当に舌を巻くのは当時の庶民の数学力だと思う。
冬の間、農家の子供が暇つぶしに今の数I Aくらいの図形問題を解いて、村の神社に解き方を絵馬として奉納するとか…
近所の神社にも江戸時代に奉納された中に和算絵馬がいくつかあって、感動したのを思い出した。
7:42 functionじゃあないか
明治になって西洋数学が入ってきて、和算は絶滅してしまった。
小学生あたりで基本的な和算を教えても良いと思うんだがなぁ。
日本は優秀な数学者はおおいですよ。
志村五郎先生は谷山ー志村予想で大きな貢献をされましたし、まだ実績は確定してませんが宇宙際タイヒミュラー理論を提唱されている望月新一先生なんかもこれが確立すれば数学の大転換点になります。
ただ、数学の理論なんてのは物凄く難しくて実際に確定的に正しいとなるまでは何十年や場合によっては数百年かかります。
まさにシンクロニシティ
ところで最近このチャンネルのパクリを見ました
クオリティがゲキ低いから問題ないとは思いますが
この人に今のコンピュータがあったなら、それこそ世界レベルで無双だっただろうな・・・あるいはこの人自身が量子コンピュータを普及レベルに開発してくれてたかもしれん。
リクエストです。
江戸時代の天才相場師の本間宗久について解説してほしいです。
200年経った今でも株式会社相場を読むための基礎的な手法を確立した人です。
じんこうき→しんごうき
わさんか→わんさか
何らかの法則性をもつこれら変換が、私の興味を捕えて離しません。
ニュートン、ライプニッツ(微積分)と同時代だね。残念ながら、生まれたのが地球の裏側だったこと。もし、同じ時代の パリ郊外に生まれていたら・・・線形代数とか 始めてたのかも(笑)
いや、一番悔しい思いをしているのは、関 本人だろうね。
12:00 ※ π=3.14159265358…………
サムネ見た瞬間に2の17乗で近似したのかと思ってしまいました。
「光由」って名前「光宙」に似てる。「光宙」の名付け親は吉田光由を知っていたのかな。
13:12 wwwwwwww
うえのこくは草
島国最強の数学者
大学の「江戸数」っていう講義でよく扱ったなあ
江戸時代に発展した算術のおかげで倒幕後、近代化が早かったとか・・・
関孝和個人が偉い訳であって、日本人そのものが偉い訳ではありません。
「俺ってタレントの〇〇の同級生なんだぜ」
って、それこそを自虐というべきかと。