A scene from “Frelen of Funeral” has been making a huge buzz overseas! Please let me know what you think after seeing everyone’s reactions overseas (lol) ▼The video we featured this time is here https://youtu.be/0GSZpZGZK44?si=7TNPfWVCIBz0FTC6 X (formerly Twitter) https://twitter.com/zunda_picks ▼ Voice software: VOICEVOX (Zundamon & Shikoku Metan & Kasukabe Tsumugi & Aoyama Ryusei & Shirakami Kotaro & Sakura Uta Miko) https://voicevox.hiroshiba.jp/ ▼Stand-standing image: Sakamoto Ducks (Kotonoha Sisters) https ://seiga.nicovideo.jp/seiga/im10854789 (Zundamon) https://seiga.nicovideo.jp/seiga/im10788496 ▼Material site Irasutoya: https://www.irasutoya.com/ Niconico Commons: https://commons.nicovideo.jp/ Others #voiceroid commentary #voiceroid #anime #manga #game #2ch #overseas reaction
30 Comments
日本人は何もない空間に人を置き、景色を描き、思いをはせる、、、、
昔舞台上でセリフを言うときは客席に決を向けるなと言われた。けどだんだんと空間についてリアルならば位置取りや向きにこだわる必要はないと変化してきた。アニメにもあったんだなあ
そもそも安定構図だけでは、動きが生まれないんで、不安定を使うのもまた映像の基礎ですよ。
曲(音の配置=聴覚)では不協音を一音混ぜる事による様々な組合せで感情表現がかるんだから、
構図(画面配置=視覚)でも、心地良さだけじゃなく諦め、不安、期待、等が表現が可能で、ストーリーに適した(感情を補完する役割)があるのだろう。
音の配置については「ドクターキャピタル」の動画を検索してみて欲しい。
フォル爺の台詞に違和感を感じたフリーレンの気持ちを映像で視聴者にも感じられるために、敢えて違和感ある構図にすることでその違和感を伝えたかったのかな?
違和感がある発言だから
構図もわざと違和感が出るようにしてるんやろな。
あれでフォル爺が映ってたら普通に感じるが、あの効果でより違和感を強調された。
目線の先が重要でなく、フリーレンの心の状態を空間に示すものだから構図はこれで正解。
目線側に空間を空けてしまうと、フォル爺との距離を離してしまうことになる。
フリーレンはフォル爺に寄り添ってるのだから。
となるけど、指摘されないと流して見てしまうな。
この構図自体には「答えはコレです」って明確な答え自体は無くて
分割のライン上に後頭部と、前には情報は無く後ろにスペースを作ることで「思考や考察を促す」って見ている人の目線から行動を誘導しているんでしょ?
人間の脳は構造的に脳の前の方で認識して、後ろの方の部分でそれに対しての答えをデータバンクから取り出すように出来ているからね。
共通言語としてそして評論だけじゃなく教導のためにも言語化は必要な事なのだろうが
いちいち技術・技法うんぬんで作品の美しさを語るのはなんだかシラける
この動画を批判してる訳じゃない
彼らがなにやら作画演出の知識だけを当て嵌めて作品を語っているのがとても鼻につく
心に深く響いたモノの正体を定かにしたい気持ちはわからないでも無いが
一様に決まり切った場所に腰を据えて同じ陳腐なモノを眺めているだけな気がする
そりゃ斎藤監督も引っ張りだこになるわな…
感覚的に感じていることを言語化してくれてありがとう。海外の日本アニメ視聴者の方が、日本のアニメ視聴者より平均的に知的に思える。私がSNSをやらず、5ちゃんのまとめサイトとかばかり見ているから、日本の優秀なコメントを観てないだけかもしれないけど、日本で言えば岡田斗司夫とかに近い評論家レベルのコメントが海外の反応で多い気がする。
目の前にいるはずのフォル爺もいつかいなくなってしまうということに気づかされたシーン。
息も止まるような思考の混乱が瞬間、発生しました。
これは確定された未来だったのかと自分で納得するまで。
目線にの先にあるであろう爺とフリーレンの目線にフォーカスを向けるのではなく、フリーレンの中にある思考の様々な思いが夜空を映している空白に漂っている、つまりは色々考え沢山の想いがここにある。そんな意味があると考えてた。勇者一行との想いの大きさといってもいい。
手塚治虫漫画のコマ割を見ると本当にすごい。
日本漫画の構図や演出などは抜きん出ている。
縦読み一コマ送りのマンファは実力不足を誤魔化すための苦肉の策だからね。
チ。の無能監督は見習え
フォル爺を画面の外に出すことで時間の壁ができてしまったこととフリーレンが孤独になってしまったことを示した。
この作品におけるフォル爺やアイゼンなどのドワーフたちは、一方でフリーレンの長寿仲間であると同時に、あくまでも人間より寿命が長いだけで、フリーレンにとってはいつか先に逝ってしまう存在でもあるんですよね。
夜空シーンのフォル爺上がってる? え?忘れたぁ 間に合わんぞ!
そや、フリーレンを左端にすいーっと。うん、なんかいいね、これで行こ!
あ、次のシーンもっと寄っといて!<どれくらいっすか?>
画面一杯!<おかのした!はいズームズームっと、ヨシ!>
流石にフリーレンクラスになると単なる作画ミスや特に意図も無くやった可能性は誰も考えないのか。素晴らしい。
深く考え過ぎよ
監督がフリーレンの耳裏うなじに鼻をうずめてクンカしたくなっただけよ😤
ホラー映画などでも主人公の気が集中している視線の反対側が妙に空いていると怖いもんね
考え過ぎな意見も多いかな…
ただ「ヒンメルの死後◯年」ってのは確かにフリーレン歴なんだと思う。そこから新しい歴史が始まる。
星空の下でのフォル爺との会話の時のフリーレンの横顔が作中で一番綺麗な顔
だからあいつら「歪な構図気持ち悪い」ってなるんだよな。
偶には歪んだ構図も見てみるのも面白いよ。
フリーレンに関わらず日本のアニメは昔からカメラフレームを意識した画作りしてるよね
漫画文化が発達してるのもあるし、実写映画作れる人がアニメ業界に流れ込んでるのもある
個人的に好きなのは、スピード感を出すために被写体を一度カメラフレームから出し、カメラが慌てて被写体を追い掛けて漸く中央に捉える演出
ラピュタのフラップターの「あがれ〜」直前のシーン
フォル爺を映さないための位置取りなのかとも思う。
エルフに比べたらドワーフでさえ短命になるし、それでフリーレンの気持ちや宿命諸々を含めた表現なのかな。
現実から一瞬目をそらしたフリーデンらしからぬ描写かと思った
フリーレンのアニメ構図について考察してるチャンネルがあってすごく面白かったの思い出した。
漫画(1ぺージでの視線誘導)とアニメ(動きの中の視線の動き)の構図の置き方の違いみたいなのもあって印象的だった。
そのおかげで原作と同じ構図≠原作再現であり、原作を尊重するためには原作と違う表現が必要なんだって知ることができた。
知れば知るほどアニメ史に残るアニメ化作品の一つなんだって思う。
三分割法とか、黄金分割とか、
後から理屈が付いてくる部類なので。
感覚でそれが出来ない人の為の
解説みたいなもんだ。
この構図を使うことにより、ストーリーを想像させる効果がありますね。
また、非常に不安定な構図なので、音楽で言う不協和音の様な効果もあります。