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28 Comments
「社会現象を巻き起こした競走馬」の元祖ですからね(^_^)V
こればっかりは、「クラシック三冠」や「最強牡馬」・「最強牝馬」って肩書よりも強いですわ😮
その場合の系譜を辿ると、オグリキャップ・ハルウララになります😂
(ディープインパクトのネームバリューはJRAとマスゴミのゴリ押し)
生きてたら神田沙也加さんが声当ててたのかなぁ…なんて考えてしまう😢
そして息子のカツラノハイセイコがダービーを勝つていう、アイドルホースてのは出来すぎなくらいのドラマがあるな
だからウマ娘では聖子ちゃんカットなのか
ウルスもいつかこないなるんかなぁ
聖子ちゃんカットハイセイコー最高
有馬勝ったのに話題を食われる勝者よ…
昭和競馬最大のスーパーアイドルがこの度一気に人気者になりましたね!1970年代名馬がますます脚光浴びるキッカケとなれば嬉しいですね~
元祖熱狂のアイドルホース。面構えが違う。
日本ダービーを勝ったタケホープの異名が人気より実力って言うのがね…
流石、元祖アイドルホース
ハイセイコーの馬主は元々ハイセイコーを中央に所属させるつもりだったが、訳あって大井所属になりました。しかし、馬主は勝っても勝たなくても5戦くらいしたら中央に移籍させようと考えていたら、あれよあれよと6連勝してしまったという、良い意味で期待を裏切った馬でした。
この馬のお陰で当時枠連までしか無かった馬券に「単枠指定」と言う制度が加わる事になったのです
(あまりに人気がある馬に対して単枠にする事で直前のトラブルに対処し易くなる制度 馬連導入まで続いた)
ハイセイコーは『第一次競馬ブーム』の立役者
その勢いは楽曲発表や雑誌の表紙程度では生温く、
『東京都 ハイセイコー様』と書かれたファンレターがきちんとハイセイコーの元に届いたほど
ウマ娘の見た目がCV日高のり子過ぎると思うのは俺だけ?
少年雑誌(週刊少年マガジン)で表紙を飾るという他のどの馬も無しえていない偉業
元祖アイドルホース、ハイセイコー。
今ではタブーとされるローテーション
皐月賞→NHK杯(当時ダービートライアル)→ダービー
NHK 杯勝ち馬🐴はダービーを勝てないというジンクス😩
皐月賞→ダービー直行でよかったよね😩
NHK 杯(G2)からNHK マイルC(G1)に昇格後は青葉賞(G2)勝ち馬🐴はダービーを勝てないジンクスはまだ続くのか⁉️
昔の馬なのかと思ったけど、マジンガーZやウルトラマンエースと同期で仮面ライダーの後輩なのか。
思ったほど古くなかった。
歌があったよね?とぉーい記憶に!すご!初めてみた❤
親戚のおっちゃんがいっつもさらばハイセイコー歌ってたな
そんなハイセイコーのお墓は、某牧場の脇の道路っ端に有る
お参りに行った事が有るけど
どう見ても、ハイセイコー知らんやろ
って歳の兄ちゃんが、お母さんと2人で来てた
そんなホノボノとした墓所も、ウマ娘化した事で、ルールもマナーも知らんアフォの所為で墓参禁止に成らない事を祈る
そんなの居ないと思う?
居るのよ
BRFの見学で、ゴルシの厩舎に入ってるオッサンに、遭遇した事が有るし
厩務員さんからも聞いたし
BRFも、一般見学禁止の噂も有るし
どうなる事やら
日本ダービー以降八大競争でタケホープに3(日本ダービー・菊花賞・春天…アメリカンジョッキークラブCを含めると4…因みに1973有馬記念はストロングエイト)タテ?を食らったのは主に距離適正のため(ハイセイコーが1着となったレースの最長は、1974年宝塚記念の2200であとは全て2000以下)だったんだとか…たらればの域を出ませんが、今のご時世だとマイルの英雄になる可能性があったのかな?とは…
…まぁそんなタケホープも、ハイセイコーの得意距離のレースである中山記念(1800)に乗り込んで一矢報いられており…
さらばハイセイコーは騎手さんが歌っていたが、その後にハイセイコーよ元気かい、という歌もリリースされた。
ハイセイコーはこち亀で知ったよ。ウマ娘やるまでは、ハイセイコー、ディープインパクト、ハルウララしか知らなかった。
競馬に対する世間の認識がただの公営ギャンブルから大衆的なカルチャーに変えた大いなる第一歩だったからマジで偉大
競走馬を歌ったCDが45万枚売れるってどれだけ人気だったのかが分かる
ハイセイコーの最初はマスコミに作られたブームではあった。海外にも知られるマスコミ熱狂だったが、ダービーと菊花賞で負けた辺りでマスコミはそれをやめたけど、この動画で言っている通りに多くのファン…特に女性と子供を含んだ(当時は賭博場とした鉄火場扱いで、女子供が競馬場に来るとかヤバすぎという扱い)沢山のファンが競馬を認識しだした。
…走れコータローと同時期のこの頃、賭博禁止の流れから競馬廃止論があった。(…当時の都知事がその賭博禁止の先方者として有名。)けど、それもなくなった。
その後のTTGの流れも含めてオグリキャップブームの基礎に繋がる偉大なお馬さんよ
当時小学生だった当方も名前は知ってたハイセイコー。
歌番組では「さらばハイセイコー」が熱唱され、
バラエティー番組の出演者の替え歌競争のネタにもされてた。
こうやって改めて経歴振り返ると、何だかまるでオグリキャップの先駆けみたいだなあと思ってしまう。